Q.ホテル客室の分譲販売について
コロナ問題が収束しても以前のような宿泊需要量には戻らないのではないかと推察しています。余剰となる客室を投資家に販売してしまうことで客室在庫と借入金を同時に減らすことを思いつきましたが、実行にあたって何か問題点はありますか?
A.アイデア実行にあたっての事前検討課題
ホテル・旅館の客室を分譲販売するとはどういうことなのか、法的規制はあるのか、商業的な課題はないのか、につき、以下のとおり論点別に整理します。
客室を分譲販売するとはどういうことか
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- 一般に、ホテルや旅館内の客室を第三者に売却するとは、以下の3つのいずれかを指すと考えられます。
- 当該客室を区分所有化し、区分所有権を売却する(分譲マンションと同じ方法です)
- 当該客室に賃借権を設定し、その賃借権を売却する(賃貸マンションの一室を長期に亘って借りっぱなしにするようなイメージです)
- 当該客室の利用権を売却する(ゴルフ会員権販売に似た仕組です)
- このうち、②③は2020年4月23日付投稿記事「旅館客室の年間契約販売について」で論点を述べていますので、本稿では①に焦点を当てて論点整理を行ないます。
- 一般に、ホテルや旅館内の客室を第三者に売却するとは、以下の3つのいずれかを指すと考えられます。
法的な規制
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- ホテル・旅館の客室を分譲マンションの一室のように売却するには、まず、一つの建物の所有権を区分所有権という形にして複数の所有者が専有部分をそれぞれ所有し登記できる仕組みに転換する必要があります。区分所有権方式とすることで、①建物のどの部分が専有部(区分所有者が責任を持ってメンテナンスを行なう部分)でどの部分が共用部(そのメンテナンスは管理費で賄う)かを特定し、②建物管理規約や長期修繕計画を立案・承認・実行する仕組みを整え(通常は管理組合が組成される)、③区分所有権購入者は管理組合の承認なく抵当権を設定したり区分所有権を売却したりできるようにします。
- 普通は新築時に分譲マンションとして設計し登記するので問題はないですが、一棟の建物を竣工後に区分所有権化するにはいくつかハードルがあります。まず、区分所有権が全体の面積の何%に該当するのかを正確に計算するために求積計算をし直す必要があります。
- 次に、客室購入者がその客室をオペレーターに業務委託してホテル客室として引き続き使う場合には問題となりませんが、居室として使う場合には、建築基準法上住宅として使ってよいように変更が必要となります。建築基準法や消防法は一般に住宅よりもホテルに厳しい規制となっていますので、ホテル⇒住宅の用途変更はそれほどハードルは高くないとは思われますが、建築設計事務所等コンサルタントに相談する必要があります。居室利用の場合には各客室の水道光熱費をきちんと測るための子メーター取付も必要になります。
- 客室購入者がホテルの客室としてではなく、住戸として使う場合には他にも検討事項があります。管理費(共益費)の中でカバーされるサービスとそうではないサービスをきちんと書き出しておく必要があります。分譲マンションではごみ集積室に居住者がアクセスできますが、ホテルではできませんし、宅配ボックスもありません。水道の水漏れも外部の配管業者ではなく、ホテルのメンテナンススタッフを呼ぶことになります。
- なお、客室の区分所有権販売にあたっては、通常は宅地建物取引業者による重要事項説明が必要になります。
商業的な検討課題
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- 分譲された客室を誰が何の目的で買うのか、をまず考える必要があります。ご相談のマーケットでは宿泊需要が回復しにくいと考えられていますので、仮に個人投資家が個の客室を購入してオペレーターに運営委託したとしても、所有者が変わっただけでマーケット・プロダクト・オペレーターは変わっていません。すなわち、運営パフォーマンスが客室の区分所有権譲渡によって改善するわけではありません。かかる環境下でこの客室を高い価格で購入してくれる投資家が現れるのを期待するのは困難です。
- ということは、高い価格を提示して購入してくれそうな投資家は、購入後引き続きホテル客室としてオペレーターに運営を委託してくれる人ではなく、自分の居室として使いたい人、ということになります。では、それだけの魅力がある居室なのかどうか、どうしたら魅力が増すのか、を検討する必要があります。例えば、温泉がある、ルームサービスがある、など、通常の分譲マンションにはないサービスが何かを考えます。また、これまで見てきたとおり、ホテル客室を居室として使うための諸課題をクリアしておく必要があります。
- 客室を居室として購入してくれた投資家が自分が使わないときにホテルの客室として販売してほしいといわれる場合には、用途を住宅に転換せずホテルのままにしておくべきでしょう。ホテルの客室として販売できるようにするためには客室内に私物を置くことが許されず、家具・備品もホテルのものと同一のものを使っていただく必要がありますので、一般的には「自宅」として使うことは難しいと目されます。
- 居室をホテル客室としてではなく、居室として第三者に賃貸したいというニーズがあることも考えられます。この場合は、宅建業者による賃貸借仲介を行なっていただくことになります。但し、ホテル内にホテル客室ではなく居室があるという状況は理解しにくく、またその利用にもホテル館内としての制限があることから、誤解がないようなリーシングをしてもらう必要があります。
- 最後に、居室を民泊として短期に貸し出すことも考えられます。ホテル内の元客室が住宅居室化されたうえで民泊として貸し出される事態は借りる方は理解するのが難しく、またホテルのブランドイメージ維持・クオリティコントロール上の観点からも避けることが望ましいです。よって、区分所有権化時に作成する管理組合規則上で民泊禁止を謳っておいた方が無難です。
- なお、先行寄稿「旅館客室の年間契約販売について」で触れたとおり、企業がホテル客室を「社宅」として購入する可能性はあります。この場合、やや複雑な利用制限についても社員であればきちんと説明することは可能ですので、運営上の制約はクリアしやすいかもしれません。
分譲後の管理組合運営上の問題
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- 区分所有者がいるということは、従前の建物オーナーの一存では意思決定できないことがたくさんできることを意味します。例えば、管理費・修繕積立金の金額設定、大規模修繕工事の実行、建て替え決議、などです。もちろん、管理組合上の投票権の大多数を確保しておくことで、多数決の原理で最終的に従前建物オーナーの意思を貫くことは可能ですが、少数区分所有権者の意見が通らない組合運営はその区分所有権の価値を棄損し、従前建物オーナー所有分も含めた資産価値減少につながる可能性もあります。
- 一度分譲してしまうと専有部内の管理は所有権者に委ねられます。客室内管理基準がホテル全体のブランドスタンダードに合致するように規制できるかというと、当初は売買契約上で制約を課すことが可能ですが、その客室が転売されるようになると、もともとの売買契約の特約を引き継がせることを強制することができないと考えるのが一般的です。
- また、管理費や修繕積立金を滞納する区分所有権者が現れるとやっかいです。分譲マンションでも同じ問題がありますのでここでは詳述しませんが、最終的には手順を踏んだ後に法的手続きが必要になる場合があります。
区分所有権化におけるファイナンス上の問題
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- まず、区分所有権化をして客室の一部を売却するには、分譲予定区分所有権部分の抵当権を銀行から解除してもらう必要があります。当然のことながら、銀行との事前協議が必要です。
- また、一般には所有権100%より、区分所有権の方が不動産の価値は低いと考えられます。特に建替決議に際して少数区分所有権者が反対した場合に同所有権買取を行わなければならないなどの所有権100%ケースでは心配しなくてよい事項が発生するからです。従って、残存所有権の担保価値についても再査定が必要で、銀行との事前協議が必要となります。
結論
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- 先行寄稿「旅館客室の年間契約販売について」にて触れたとおり、客室の分譲販売についても法的な検討事項と商業的な検討事項があります。法的な検討事項についてはまずは弁護士宛にご相談ください。
- 商業的な検討事項についてはまずはご自身でよく検討し、詳しい検討が必要であれば、コンサルタントにご相談ください。