日本政府が推進する「観光立国」政策はコロナ禍によるインバウンドの急激な減少により戦略の見直しを迫られています。そして、その観光産業の最も重要な宿泊施設の問題も、民泊新法の整備や旅館業法の改正などにより、大きな環境変化が起こっていたなかで、今回は思いもよらぬ(いや、本当は予測可能で準備しているべきだった?)新型コロナウイルス感染症の拡大という100年ぶりともいう未曾有の危機が宿泊産業を襲いました。その煽りを受け旅館業も破産や倒産あるいは自主廃業という施設が相次ぎ、政府肝煎りの特別融資でしばらくの間存続できていましたが、コロナ禍が長期に及び期待したほどの客足の回復がみえないまま旅館事業を存続させることが非常に困難な状況となっている企業も多いのではないかと懸念しています。しかし、やがてコロナ騒動が収束することは確実ですから、何としても事業を継続していく必要があります。そのための目の前の資金繰りなど喫緊の課題はあるとしても、将来に向けて抜本的な事業再構築を考え、これまでにも増して収益力を高める必要があると思われます。本稿においては、宿泊業の生産性を高めるための「稼ぐ力」すなわち収益力を高めるための、抜本的な事業再構築の方法について提案をさせていただきたいと思います。
1. 1000年続く老舗旅館
これまで観光産業の発展のために、多くのインバウンド客の誘致を行ってきましたが、外国のお客様が体験したいものの第一は、「日本にしかない文化」の経験だと思います。その点、同じ宿泊施設であっても日本の「旅館」という施設は、世界にも例のない独自の格調高い「文化」だと思っています。そして、旅館は日本に1000年以上続く代表的な企業8社のうちの4社を占める長寿企業でもあるのです。観光産業のうちの、宿泊施設特に旅館というものは、その地域で長年存在し続けることが誰もが認める「社会的価値」だということです。この長期にわたる旅館業の存続は、その間の多くの危機や困難(大地震や戦火)を乗り越えて培われたものです。
2. 旅館業の根本的な課題
ホテル・旅館業は規模でいえば、中小企業が圧倒的に多く、なおかつ親族で家業として代々継いでいく「ファミリービジネス」です。しかしながら、廃業する旅館の理由の多くは後継者が居ないというもので、日本の中小企業としての共通課題である「事業承継」の問題が大きく、また旅館に特有の課題があります。
① 親族後継者が不在である(後継者の問題)
息子や娘に事業を継がせたいと思っているが、本人たちはすでに大企業に勤務しており、会社を継ぎたいとは思っていない。では誰にどのように継承されるべきか。従業員の誰かに継いでもらおうとしても、多くの従業員が高齢化していて、とにかく若い新たな人財が必要と思われます。
② 事業収益力が高くない。(収益力低下による過剰債務の問題)
事業を継承したいと考えている息子や娘あるいは従業員がいても、コロナ禍における特別融資の借入で会社自体の財務状況が悪化していて、そのまま後継者に借金を引き継がせることを避けたいという旅館は多いと思われます。債務超過であろうと、本来の事業収益力が高く、かつ当該地域において重要な産業の担い手である存在であれば、必ず金融機関や取引先、その他関係者の協力を得ることが可能ですから、事業承継ができないということはありません。しかし、その債務超過を克服し、本来の事業収益力を取り戻すためには、その具体的な方法をプロフェッショナルな支援者にアドバイスしてもらい、実行可能な事業計画を遂行していく必要があります。
③ 施設が老朽化していて、リノベーションが必要(設備投資の問題)
旅館によっては、事業は順調であり、後継者の目途もたっている幸せなオーナー経営者もいるかもしれません、しかしそのオーナーが一番心配しているのは、現状の建物が老朽化して、施設の魅力がなくなっているため、どこかで大規模な設備投資を行って、リノベーションを実施しないとお客さんが来なくなってしまうということです。本来の事業収益力が落ちているのも、施設の老朽化が大きく影響していることは疑いようがありません。この設備投資資金をどのように調達すれば良いのか。これは、旅館業において最も重要で緊急に解決すべき課題と思われます。
④ 廃業旅館が廃墟となっている。(廃業の問題)
古くはバブル経済崩壊を契機として、また最近ではコロナ禍における影響により事業継続が困難となって廃業した旅館が少なくありません。多くの旅館が廃業し、街全体が廃墟のようになっている地域も存在しています。また、当然にその旅館で働いていた従業員や取引先あるいは金融機関にとっても大きな問題となります。そのような問題が発生しないように、地域ぐるみで戦略的な事業の店じまいをする必要があります。
3. 旅館業の根本的な課題解決
以上、みてきましたように、旅館の事業存続、事業承継を考えるときには、まずは事業収益力の回復が必要であり、そのためには営業に不可欠な施設・設備のリノベーションが重要なポイントとなります。しかし、コロナ禍における特別融資の資金調達により借入が限界となっている現状において、この設備投資資金をどのように調達すべきかが今後の旅館業の再生に不可欠な最重要課題となります。この問題を解決するためには、地域の自治体、金融機関、旅館組合、観光施設、地元の商店街、農林水産業者など様々な地域のステークホルダーが一体となって当該地域の基幹産業としての旅館業を支援する体制を構築することが必要です。そして何より必要なのは、そこにリスクマネーとして設備投資をしてくれる地域再生ファンドの存在があります。このファンドの活用のためには、旅館業の企業が今までのように同じ地域にありながら、互いをライバル視して、単独で経営をしていては難しく、新たな経営組織を構築する必要があります。このような仕組みを、私は「旅館業の地域一体再生」として提唱していますので、次稿にて詳しくご説明したいと思います。