未曾有の危機に際し、地域の宿泊業が今何をすべきかと考えた時、資金繰りを第一にコストを最小限に抑え、今のところは耐え忍ぶしかありません。おそらく多くの皆様が思っていることと同じです。休業せざるを得ないことにも忸怩たる思いだと思います。宿泊業は社会の公器であり、必ずしもレジャー目的の方々ばかりをお泊めしているわけではなく、社会を維持する上で必要な宿泊が必ずあるためです。中には、休業をせずに営業を継続する宿もあります。その際、OTAを利用せず自社サイトだけの販売にして目的を持ったお客様の宿泊に絞ることも一考です。泊まりたいお客様は必ずみつけてくれるはずです。今はコストを抑え、従業員をリスクから守り、再開の時を待ち続ける時のような気がします。
「種プロジェクト」という「温泉宿の未来の宿泊に今支払う」草の根活動があります。20年以上、温泉宿の体験記サイトを運営し、Web制作を本業とする丹羽尚彦さんが、東日本大震災の時に被災地の宿を応援しようと全て手弁当で作られたサイトですが、その時に支援を受けた東北の宿のご主人との会話から、今こそ全国の宿への応援の輪を広げようと再開されました。クラウドファンディングにも似た仕組みですが、間に第三者は入りません。サポーターと呼ぶ、馴染み客やぜひ泊まりに行きたいと思う温泉好きが応援コメントとともに5千円一口以上を宿に直接送金し、温泉宿が3年間有効の受け取り証書(自家型前払式支払手段)を郵送する仕組みです。それほど多くの金額が動くものではないので、当面の資金にしようと思って実践している宿はないはずです。それよりも「必ず泊まりにいくからね」という証をメッセージとともに送るコミュニケーションこそが今必要なのだと思います。真の温泉宿好きなら、政府の半額券などは待ちません。大好きな宿が末永く残ってくれるために今何ができるか、を考えると思います。一点だけ、留意点があるとすれば、種プロジェクトについては宿自身が拡散しなくてはいけないこと。それなら自社だけでやろうと思うかもしれません。しかし、自社だけではなく同業も皆苦労している点も知ってもらいたいと願い、自社を応援してくださるお得意様に向け、皆への応援を自ら発信できる宿が種プロジェクトに参加しているのだと思います。
おそらく、ポストコロナには、地域の宿泊業にもシェアエコノミーが一気に拡散すると思います。人材のシェア、送迎のシェア、施設のシェア、そして、お客様のシェア。今までとは発想を180度変えなくてはならない時代が目の前にやってくると思います。そのために必要なこと。それは、中長期の計画を構想し、自分自身で実践できる若手へのバトンタッチです。
中小企業は労働生産性が低いと指摘されることが少なくありません。日本で中小企業が多い背景としては、資本なき戦後経済からの復興を遂げるため、担保にできるものは自分で所有する土地しかなく、その土地を担保に資金を借り入れ、地域経済を発展させる必要があったために(長きにわたり自己資本豊富な財閥を軸とした経済成長を続けた欧州の国に比べると)負債の割に自己資本が少ない中小企業ばかりになったということも要因にあると思います。とりわけ中小宿泊業は、資本生産性が低く(資本装備率が高く)負債の返済に追われています。しかし、もう世界をキャッチアップする時代は終わりました。戦後復興を遂げた日本が再び疫病に見舞われた今、P/Lの問題だけではなく、戦後50年の人口増加・キャッチアップ時代のB/Sを引きずったままでは労働生産性向上はなし得ないと思います。その解決に向けた障壁となっているものは何かを考えた時、地域や金融機関を交えた中長期的な構想がないことです。
令和2年、日本で最も人口が多い年齢は、おそらく世界で最も高い71歳です。しかし、ポストコロナには47歳に下がります。すなわち、新型コロナの蔓延と同じタイミングで、戦後初めて人口ピラミッド上の世代交代が図られるのです。1970年以来、50年間観光市場を支えてくれた世代には感謝をしつつ、不要不急と言われるレジャー型市場から徐々に別れを告げ、欧州のようなVFR(Visiting Friends & Relatives)をはじめ、リモートワーク、ヘルスケア、バーチャルコミュニティのリアル化等、天災や疫病等の危機にも対応できる新しい市場へと構想をシフトしていくことが求められてきます。しかし、その時の経営モデルは減収増益になると思います。現在の負債を抱えたままのシフトは容易ではなく、B/Sの問題をどうクリアするかが課題として課せられます。それは、事業者だけでは解決し得ない課題です。
いま取り組むこと。それは、新しい時代に向けた地域構想に関する意見交換を始めることかもしれません。できれば、関係者からも事業者に声をかけていただくことを待ち望みつつ・・・。