
Q.客室の年間契約販売を検討しています。
課題を教えてください。
今後、今まで通りの客室販売は難しくなっていくと思います。旅館経営者はあくまで建物のオーナーになり、観光地に住む人がお部屋を自由に販売するような事業転換を進めたく、ざっくり課題を教えていただれば。うまく言えませんが、イメージとしては一般の方の資産運用として、旅館の客室を使えないかなぁと。自分が宿泊してもよし、他の人に販売してもよし、運用を旅館に任せるもよしですが、基本的には一年分の宿泊料金(食事はどうするか考えないとですけど。。。)を支払って販売もできるようにする感じです。
旅館のオーナーは旅館の経営は厳しいですが、廃業したりM&Aしたりするとその地域に住み続けることが困難になるという恐怖とプライドがありますので、簡単には事業を手放せないですが、一年間の客室購入ということだったらあまり抵抗がないのかと。旅行会社の客室ブロックに近いものとして考えればいいだけなので。株式投資するよりは旅館の方が身近に感じられるかもしれないですし、最悪自分が空いてるときには泊まりに行こうかと思うかもしれないですしね。そういうお客様がいらっしゃるかどうか不明ですが、1年間の客室購入ができるようなサイトを作れないかなぁというようなことを考えています。OYOに似ていますが、企業に任せるのは抵抗があり、個人に任せるのであればちょっと旅館側もその気持ちが和らぐと思います。
A. 旅館客室の年間契約販売について
客室を1年分まとめて販売するということは365連泊の客を受け入れる、というだけの話なのですが、この宿泊客に再販をさせるとなると、いくつか厄介な点が出てきます。以下、論点別に整理します。
1. 旅館との法的な関係、旅館業法
- 上記アイデアを拝見する限り、個別の投資家とは賃貸借契約ではなく、宿泊約款での契約を想定しているようです。とすると、宿泊者名簿にはその投資家の名前を記載することになり、その投資家が誘致する第三者の宿泊客を受け入れることはできません。
- 仮にその投資家と賃貸借契約を締結するとなると、投資家自身が旅館業もしくは民泊業者登録をしないと第三者への販売をすることができません。実務的には難しいでしょう。
- とすると、その投資家と賃貸借契約を締結したうえで、その部屋を旅館が運営受託する契約を旅館とその投資家で締結することになります。いわゆるmanagement backというやり方です。
- ということで、投資家が第三者に客室として販売ができ、かつ許認可を取らなくてよいスキームを構築するには、賃貸借契約と運営委託契約を同時に締結する必要があると思われます。一年間限定の賃貸借契約ということになると、従来型の普通借家契約ではなく、契約の更新が想定されていない定期借家契約を締結することになります。賃貸借契約締結には宅地建物取引士による重要事項説明が必要になります。
- 別の方法として、会員制ホテルというスキームで、その部屋を長期間使う権利を販売する方法もあります。但し、この方法だと投資家は知人にその部屋を使わせてあげることは可能ですが、見ず知らずの人を高い宿泊料をとって宿泊させることはできません。(旅館業法に抵触すると思われます)
2. 旅行代理店契約
- 仮に投資家が旅館オペレーターに頼らず広く宿泊客を募るとなると、OTAなりReal Agentなりと契約を締結することになりますが、1室の契約ですと交渉力がないため、代理店手数料が高くなる可能性が高いです。また、旅館自体がその方法で集客に苦労しているのに、その投資家がうまく集客できるとは思えません。
3. ブランドスタンダード、ルームレートインテグリティ
- 仮に投資家が勝手にマーケティングをしてよく、部屋の清掃やチェックイン・アウト業務のみ旅館が行なうという物件管理契約(運営委託契約と異なり、旅館はプロパティマネジメントに徹する)が締結されるとして、その部屋を安く売るためにアメニティを減らすとか、おもてなし度を上げるために独自のお茶菓子を用意するとか、独自のサービススタンダードが導入されてしまうと、同じ旅館なのに部屋によって異なったブランドスタンダードが発生してしまいます。また、旅館側はその客室のサービススタンダードをコントロールできなくなってしまいます。
- 更に、価格設定が旅館内の他客室と異なった動きをする場合、客側の混乱を招きます。例えば、高級な部屋がスタンダードルームよりも安くキャンペーン価格で販売されてしまうなど。
- よって、「離れ」とか、「特別貴賓室」のように初めからまったく異なったプロダクトである場合を除き、旅館オペレーターとしては、ブランドスタンダードは旅館に合わせる、客室料金設定ポリシーも旅館と合わせる、という取り決めが必要になると考えます。
- とすると、冒頭の前提、物件管理契約ではうまくいかず、結局、運営委託契約がベター、ということになります。
4. 投資家のメリット
- 最後に、投資家のメリットを考えてみます。投資家は恐らく低稼働率である旅館の一室を1年間格安で借り上げ、それを第三者に再販して儲けることを期待します。(もちろん、売れ残った日に自分で宿泊することもあるでしょうが、それだけを目的にするのであれば、もっと安い料金でその旅館に宿泊できるはずです)
- ブランドスタンダード、ルームレートポリシー、旅行代理店契約が当該旅館と同一だとすると、どんな差別化をもって第三者に再販できるでしょうか?可能性があるとすると、既にその再販先を持っている人、ということになります。例えば、企業が保養所として借り上げ、社員が使うようなイメージです。
- 残念ながら、最近の企業は自社保養所を売却し、ベネフィットワンや福利厚生倶楽部に加入して物件に縛られない福利厚生を社員に提供するトレンドとなっていますので、この旅館の一室を保養所として借り上げてくれる先を見つけるのは困難です。
- ただ、旅館はホテルと違って近隣の法人契約を開拓する努力をしてこなかったのも事実です。もちろん、リゾート地でそのような法人はそもそも存在しないことが多いでしょうが、もし近隣に法人があるのであれば、その企業に長期契約をするニーズがあるかどうかを考えて、商品を組成して提案するという努力はしてみても良いかもしれません。
- なお、上記の議論はあくまでも一般論です。地元に「旅館の部屋を売るアイデアやネットワークを持っている人が複数いる」ということであれば、法的規制に留意しながらそういう方々に対して客室を年間販売するのはもちろん問題ないと思います。
5. 結論
- ホテル業界ではこれまで様々な所有・経営形態が生まれてきました。これら非伝統的宿泊事業を取りまとめた表がありますので、参考までに別添資料をご高覧ください。これ以外のビジネスモデルもあり得るのでしょうが、様々な法規制をクリアする必要があります。新規事業開始にあたっては弁護士宛に相談することをお勧めします。