新型コロナウイルス対策として宿泊施設の経営者がすべきことは、
1.自館で感染を発生・拡大させない
2.事業を継続して従業員の雇用を守る
3.営業継続か一時休業かを判断する
4.収束後の回復に向け今から準備する
の四つです。
1.自館で感染を発生・拡大させない
もし従業員やお客様が自館内で感染したことが確認されたら、報道、休業、風評などにより、ただでさえ厳しい経営環境の中で、さらに大きなダメージとなります。新型コロナウイルスの感染者の中には、症状がなく、検査も受けておらず、本人も気が付いていないケースが多いと言われています。ですから従業員、お客様のすべてが無症状感染者かもしれないと考えて感染防止対策を徹底することです。
感染防止の第一は、清掃・除菌の徹底です。新型コロナウイルスは、主に飛沫と接触により感染することを頭に置いて清掃・除菌を行います。お客様が手を触れることの多いドアノブやエレベーターのボタン、階段の手すり、フロントデスク、ロビー内の家具、共用パソコンなどは、定期的に次亜塩素酸ナトリウム0.1%液で拭きます。また、お客様や従業員がいつでも使えるようにアルコール液(70%以上)を館内に設置します。トイレの洗面台にはペーパータオルを置きましょう。従業員のマスク着用はもちろんのこと、お客様にもお互いの感染防止のため、客室の外ではできるだけマスクをつけていただくようお願いします。チェックイン時の館内のご案内の際に、感染防止についてもお伝えします。
レストランや食事処でも、お客様や従業員が無症状感染者かもしれないと考えて感染防止策を取ります。調理やフロア担当スタッフのマスク着用や手洗いの徹底に加えて、使い捨て手袋も活用します。各国の医療・衛生の専門機関は「食品を介してヒトが新型コロナウイルスに感染しうることを示す証拠は存在しない」と発表していますが、むしろウイルスに感染した従業員やお客様からの接触感染や飛沫感染を防ぐことが大切です。
お客様には、食事会場に入る際に必ず手洗いやアルコールでの手指の消毒をしていただきます。ビュッフェで食事を提供する宿泊施設が多くありますが、お客様が食事の取り分けに使うトングやお箸にウイルスが付着し、他のお客様に感染するリスクがあります。ビュッフェ方式をセットメニューでの提供に代えるのが一番ですが、食事会場の構造やオペレーション体制によっては、それが難しい場合もあるでしょう。ビュッフェで食事を提供する施設では、料理を小皿に盛って提供する、スタッフが料理を取り分ける、お客様ひとりひとりに取り分け用のトングやお箸を渡し、使い終わったトングは回収・消毒してトング類を共用しないようにする方法が考えられます。それでもトングを共用せざるを得ない場合は、トングを頻繁に交換するとともに、料理を取り終わったお客様にもう一度手洗いやアルコール消毒をしていただき、万一トングを通してウイルスが付着しても感染しないようにします。
飛沫感染のリスクが高いカラオケや接触機会の多いホステス等による接待のある宴会や会食は、感染が収束するまで控えたほうがよいでしょう。客室や館内の清掃にも注意が必要です。お客様が感染者であるかもしれないことを想定して、清掃スタッフと後から来館されるお客様への感染防止に努めます。清掃スタッフは、マスクと使い捨て手袋を必ず着け、清掃業務終了後は念入りに手洗いをします。客室内のごみの中にもウイルスが付着したティッシュなどがあるかもしれないので、できるだけ手に触れないように処理します。
万一、発熱や呼吸が苦しい、けん怠感、味覚や臭覚の異常など、感染の疑われるお客様がいらっしゃったら、客室内で待機し、外に出ないようにしていただきます。ご家族や同行者も感染している可能性がありますので、同様に客室内で待機していただきます。食事も客室にお届けし、他のお客様との接触を避けます。そのお客様と対応するスタッフも限定します。保健所の「帰国者・接触者相談センター」に連絡し、感染の疑いのあるお客様の状況や症状を伝え、その後は保健所からの指示に従って下さい。
2.事業を継続して従業員の雇用を守る
各施設では、お客様が減り、これまでにないほど売り上げが落ちていることだと思います。すでに休業している施設もあることでしょう。経営者の最大の役割は、会社を倒産させないようにして、従業員の雇用を守ることです。
まずは運転資金の現状と今後の見込みを正確に把握するとともに、調達可能な資金を計算します。必要な運転資金額が明らかになったら、それをどこから、どのように借り入れるかです。政府がさまざまな緊急金融対策を打ち出したことで、利用できる公的融資が広がっていますが、対応する日本政策金融公庫や沖縄振興開発金融公庫、市町村の相談窓口はかなり混雑しているようです。各民間金融機関にもそれらの情報は伝わっていますので、普段から取引のある金融機関に相談し、公的資金を含めて、どこから、いくら借りるかを決めるとよいでしょう。また、金融機関には現在の借入金の利払いや返済を少し猶予してもらうことを相談してみることもできます。民間金融機関には、金融庁からリスケ等に柔軟に対応するよう要請が出されています。
経営者の皆さんは、最大の費用である人件費を抑えることと、従業員の雇用を維持することとの板挟みで悩んでいることでしょう。政府は、雇用調整助成金を最大限活用して、雇用維持を支援する方針です。特に4月1日から6月30日までを感染拡大防止のための「緊急対応期間」として、雇用保険被保険者以外も助成金の対象とする、休業計画届の事後提出を認める、支給限度日数を引き上げる等の特別措置を発表しています。
雇用調整助成金は、「一時的に雇用調整(休業、教育訓練または出向)により従業員の雇用を維持した場合に助成」するものですので、会社から従業員に休業を命じ、休業手当を支払うことが助成の条件となります。労働基準法では、平均賃金の6割以上の休業手当を支払わなければならないと規定されていますが、今回の特別措置では、解雇等を行わない場合、中小企業は休業手当相当額の90%(1人1日あたり8,330円が上限)を助成することになっているので、6割を超えて休業手当を支払っても、会社の負担額はそれほど大きくなりません。従業員の生活支援やモチベーションを考えると、6割にこだわらない休業手当の支給を考えてもよいでしょう。
休業期間に教育訓練を実施すると、助成金に1人1日1,200円加算されます(特別措置期間は2,400円に増額)。365日営業の宿泊施設では、普段、時間をかけて従業員教育をすることは難しいので、休業という「機会」を活用して、スタッフのサービススキルや業務知識向上のための教育訓練を実施することも考えてみてください。
3.営業継続か休業かを判断する
事業継続に関して、もう一つの重要な経営判断は、今後感染が拡大し緊急事態宣言が出さされた場合等でも営業を続けるか、休業するかです。収支シミュレーションをすれば、ある程度以下に稼働が落ちた場合は、営業を続けるよりも休業して経費を抑えたほうが、赤字幅を小さくできることがわかります。休業すれば、最大のコストである人件費の一定割合を雇用調整助成金でカバーすることができます。なお、全国知事会の提言を受けて、政府はゴールデンウィーク期間中のホテル・旅館の営業自粛を要請することになるかもしれません。
休業した場合にもできることはあります。通常の宿泊営業はできなくても、旅館の名物料理やお菓子、名産品などを通信販売することはできます。旅行に行ける環境ではないが、せめてあの宿のあの料理を家で味わいたい、と思うお客様はいます。東日本大震災の後も、宿泊営業ができない期間に名物料理を通信販売することで、お客様とのつながりと事業を維持した旅館がありました。単館だけでなく、地域で名物料理の通販サイトを作ってみてもよいかもしれません。そして、こうしたことは休業して気持ちが沈んでいる従業員にとって、それでもお客様に喜んでいただけるという励みになることでしょう。
1、2年以内に大規模修繕や改修の予定がある施設では、休業期間に工事を前倒しして行うこともできます。もともと一時的に休業して工事をするつもりであれば、休業期間の減収も改修資金計画に織り込まれていることでしょう。また、修理や改修の計画のない施設でも、これまでなかなか掃除の手が回らなかった隅々まで含めて、全従業員で館内を徹底的に掃除してみてはいかがでしょう。営業が再開したとき、より美しく、使いやすくなった施設でお客様をお迎えできることで、従業員の連帯感や館への愛着心の醸成につながります。
休業中、自館の業務はできませんが、社会に貢献することはできます。宿泊や飲食サービス業はひまになりますが、一方で人が足りずに困っている事業者があります。たとえば、休校になった学校の子どもたちを預かる学童保育や、マスクなどの衛生用品を製造・販売する業者などです。医療機関も人手が足りなくなっています。予定していた技能実習生が来日できなくなり、農家も働き手が足りずに困っています。休業期間中の従業員を、こうした職場に派遣することは、従業員にとっては賃金と休業手当の差額を埋める収入になりえますし、会社としては、社会貢献になります。さらに、会社としての社会貢献ということであれば、軽症の感染患者の受け入れ施設として手を挙げることを考えてもよいでしょう。自社の従業員で感染患者の受け入れができるかとか、受け入れ後も風評が残るのではないかとの不安もあるでしょう。そこのところは、まさに経営判断です。
4.収束後の回復に向け今から準備する
WHOの資料などによると、感染が早くから起きた国では新規感染者数はかなり減少しています。今後治療薬やワクチンが開発されれば、この恐ろしい感染症も収束することでしょう。その日が来ることを信じて、今から収束後の回復に向けてできることがあります。
その第一は、旅行会社などの取引先やリピーターのお客様とのコミュニケーションです。施設の周辺の観光地の状況や休業のお詫びなどを伝えるとともに、感染収束後の支援をお願いする文書を送ります。取引先も今は同じように厳しい経営状況ですが、そんな時に宿泊施設からのお便りやメールが来れば、励ましになります。お客様も宿からの手紙やはがきに、心を癒されることでしょう。今、インバウンドの動きは止められていますが、海外の取引先にも忘れずに連絡を取るといいでしょう。
2007年の能登半島地震後、和倉温泉の加賀屋は取引先に6千通の手紙を送りました。その結果、地震による被害の修復が終わり営業再開後は、前年同時期並みの稼働に戻すことができました。地震当日加賀屋に宿泊していたお客様も、再開後まもなく来てくださったそうです。また、宮城県鎌先温泉の湯主一條では、東日本大震災後の休業期間に、従業員が個人のお客様に手書きのはがきを書き送りました。はがきを受け取り、旅館の再開を待っていたお客様たちは、営業再開当日から宿泊してくださいました。
休業期間は、サービスや料理を見直すのにもよい機会です。新しいサービスや料理を検討したり、サービスオペレーションを改善したり、普段の営業中にはなかなかできないことを、社員みんなで話し合い、考えあうことができます。こうした取り組みはすべて、営業再開後、さらによい宿泊サービスが提供できるようにすることにつながります。
専門家によると、感染がある程度収束しても、このウイルスが世界から完全になくなることはない、これからの世の中は新型コロナウイルスと共存する社会になるだろうということです。すでにそのような社会を「新たな常態(ニューノーマル)」と呼んで、そのような状況における「安心できる旅行・観光のありかた」について議論が始まっています。宿泊施設においても、従来とは異なるレベルの、異なる方法での衛生管理が求められるようになるでしょう。それを実現していることが、収束後の「新たな常態」にいて宿泊サービスを提供する必要条件になると思います。「がんばれ!ニッポンの宿」が、そうしてことについて情報提供し、宿泊施設の経営者の皆さんと議論する場となることを期待しています。